納骨堂

お言葉

「行雲流水(ぎょううんりゅうすい)」ものごとに執着せず、流れる雲や水のように、かたちを決めず柔軟に生きる。
私が思うには、この世の中は決して、自分の思う通りにはなりません。

また、なるわけもございません。どうしたらいいかと行き詰まったら、ふと頭に浮かんだのはこの行運流水の言葉でした。
その意味は“ものごとに執着せず、流れる雲や水のように、かたちを決めず柔軟に生きること“ どうぞ、ものごとに行き詰まったらこの言葉を思い出して明日への一助になれば幸いです。

住職挨拶

住職挨拶

私は、禅宗系単立寺院 總泉寺(そうせんじ)住職の須田行宣と申します。
当山は建仁元年(1201 年)の創立以来、八百有余年の長きにわたって歴史を刻んできた古刹です。

かつては武蔵千葉氏の菩提寺として篤い帰依を受け、江戸時代には曹洞宗の江戸における道場として、芝の青松寺、高輪の泉岳寺とともに「江戸三ヶ寺」の筆頭に数えられる格式を誇りました。

また、徳川家康公が小田原攻めの際に当山の竹を旗竿として献上した縁から幕府の庇護を受け、歴代将軍が鷹狩りの際に立ち寄る「御膳所(ごぜんしょ)」としても重用されてまいりました。 大正 12 年の関東大震災を経て浅草橋場からこの板橋小豆沢へと移転し、地域に根差した古刹・大善寺と合併して現在に至ります。

現代を生きる私たちは、日々多くの悩みや迷いに直面します。そんな時、ふと頭に浮かぶのがこの「行雲流水」という言葉です。 世の中は決して自分の思う通りにはなりません。だからこそ、執着を捨て、かたちを決めず柔軟に生きることが、明日への一助になると信じております。

お寺は決して、特別な時だけを過ごす場所ではありません。

• 日頃の感謝や報恩の気持ちを伝えたい時
• お祝い事があり、ご先祖様へ報告したい時
• 心に迷いがあり、気持ちを整えたい時

どのような時でも、どうぞお気軽に当山へ足をお運びください。
皆様が本尊の釈迦如来様へ手を合わせ、心穏やかなひとときを過ごされることを願っております。

合掌

總泉寺住職 須田行宣

歴史

創立は健仁元年(1201 年)、開山は相模大雄山最乗寺の宋俊禅師、開基は石浜城主・千葉介実胤。中期の開基である守胤の没した弘治三年(1557 年)以来、千葉氏の菩提寺となりました。江戸時代には曹洞宗の江戸における道場として栄え、芝の青松寺・高輪の泉岳寺を含めた江戸三ヶ寺の筆頭寺として名を高めています。

敷地内には、元秋田藩主で明治の代に爵位を授けられた佐竹家の墓所、平賀源内の遺骨もお祀りしておりました。当初、浅草・橋場(現台東区橋場)に建立されたものの、関東大震災による焼失で板橋区小豆沢へ移転、現在に至ります。その歴史は約 800 年の長きにわたっており、今も 1300 の檀信徒をかかえる都内屈指のひとつに数えられています。

宗派・本尊

宗派:禅宗系単立寺院

妙亀山 總泉寺(当山は宗派に属せず禅宗の教えを説いております。)

本尊:釈迦如来

開山以来 800 年間当山のご本尊として座しています。釈迦如来とは実在の人物で、仏教の開祖に当たる方です。
釈迦族の王子、ゴータマ・シッダールタが悟りを得て釈迦如来となられました。

文化財・見どころ

歴史と文化を伝えるスポット
清水薬師と薬師の泉(しみずやくし・やくしのいずみ)
江戸時代、将軍吉宗公が境内の湧き水の美味しさを賞賛したことからその名がつきました。
江戸名所図会にも描かれた名所で、現在の地名「清水坂」の由来にもなっています。

薬師三尊像
(やくしさんぞんぞう)

板橋区指定有形文化財 ― 旧大善寺本尊「薬師三尊像」

本像は、かつてこの地にあった曹洞宗・大善寺の本尊であり、現在は總泉寺境内に安置されています。
薬師如来像とその両脇侍から成る薬師三尊は、約五百年前の木彫仏と伝えられ、長年にわたり地域の人々の篤い信仰を集めてきました。

薬師三尊像(やくしさんぞんぞう)

歴史的背景として、江戸時代の第八代将軍・徳川吉宗公が鷹狩りの折に大善寺を訪れ、境内から湧き出る清水を見て「清水薬師」と命名したという由緒が伝えられています。この故事は、地名「清水坂」の由来ともなっています。

また、江戸時代の地誌『江戸名所図会』にも「清水薬師」と湧水の風景が描かれ、当時より信仰と憩いの名所として広く知られていました。現在は「薬師の泉庭園」として整備され、往時の面影を今に伝えています。

※6月より薬師堂にて 毎月5日、15日、25日
午前10時〜午後3時迄、堂内を公開 参拝いただけます。(12:00 ~ 13:00 は閉門致します。)

大善寺址供養塔
(だいぜんじあとくようとう)

大善寺址供養塔は、かつてこの地に存在した曹洞宗・大善寺の遺徳を偲び、その法灯を後世へ伝えるために建立された供養塔です。
總泉寺は関東大震災後に旧大善寺と合併し、その歴史と信仰を継承しました。境内に建つ本供養塔は、旧大善寺の寺域を顕彰し、先人の祈りを静かに伝える象徴的な存在です。

大善寺址供養塔(だいぜんじあとくようとう)

旧大善寺の本尊は、約五百年前の木彫・薬師如来像(清水薬師)であり、徳川八代将軍吉宗公が鷹狩りの折に立ち寄り命名したという由緒が伝わっています。供養塔は、こうした歴史的背景を今に伝える貴重な遺構です。

子育地蔵
(こそだてじぞう)

總泉寺境内に祀られている子育地蔵は、地域の人々より長年にわたり篤い信仰を集めてきました。
地蔵菩薩は、苦しみや不安を抱える人々を救済する菩薩として広く知られ、特に子どもの守り仏として信仰されています。

もとは清水坂の中腹に安置されていた地蔵尊であり、地域の歴史とともに大切に守られてきました。
現在は總泉寺境内に移され、安産祈願や子どもの健康成就を願う参拝者が絶えません。

子育地蔵(こそだてじぞう)

穏やかな御姿は、訪れる人々に安心とやすらぎを与え、世代を越えて祈りの場として受け継がれています。

※6月より地蔵堂にて 毎月5日、15日、25日
午前10時〜午後3時迄、堂内を公開 参拝いただけます。(12:00 ~ 13:00 は閉門致します。)

歴代御住職墓所

當山の歴代住職が眠る墓所です。
永きにわたり法灯を護り、地域と信仰を支えてきた先師方の功績を偲ぶ場所として、大切に守られております。

歴代御住職墓所

※平賀源内(ひらが げんない):江戸時代の奇才。
遺骨を祀っていましたが、現在は台東区橋場の旧寺地に墓所が残っています。